ドクター&ナースのつぶやき

令和8年4月号


「地域」とは何かを再定義してみる
ー私たちの地域連携のその先とはー

株式会社アイランドケア
中川路 匠

はじめに
 突然ですが「地域との関わり」と聞いて、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。在宅分野はもちろん、医療機関も含めて今や多くの現場が、制度上「地域連携」や「地域そのものとの関わり」を強く求められています。日々の業務の中で、私たちは「地域との関わり」という言葉を幾度となく耳にします。在宅医療の現場はもちろん、病院においても地域連携や退院支援は欠かせないキーワードであり、多職種が一丸となって「地域」を支えようと奮闘しています。
 しかし、私たちが「地域」と口にするとき、その定義は意外とあやふやなものかもしれません。もしかすると、無意識のうちに「自分の事業所の連携先」や「行政の窓口」といった、医療・介護の専門職同士のネットワークだけを「地域」と捉えてはいないでしょうか。かくいう私自身、「専門職の眼鏡」を通した狭い範囲だけを見て、地域を知ったつもりになっていた時期があったように思います。
 私たちが思い描いている地域は、単なる職種間ネットワークに留まってはいないか。それは本当の意味で、その土地に住まう人々の「生きた暮らし」と繋がっていると言えるのか。そんな自問自答から、この文章を書き始めています。
 私は作業療法士として19年、この業界に身を置いてきました。現在は、福岡市や春日市の個別支援型地域ケア会議に招聘され、困難事例に対して専門的な助言を行う機会をいただいています。一方で、私生活では自治会の役員となり3年目を迎え、以前は地域で活動する青年経済人の集まりである青年会議所にも所属していました。
 医療・介護の専門職でありながら、同時に地域住民として地域の運営側にも関わる。そうした、いわば「業界にどっぷり浸かりきっていない」立ち位置にいるからこそ見える、この業界のいう「地域」という言葉への違和感について、少しお話しさせてください。

言葉の定義のズレ
 地域の方々や自治会、行政の方々と接する中でまず驚いたのは、私たちが日常的に使う言葉との微妙なズレでした。
 例えば、地域包括ケアシステムにおける「自助・共助・互助・公助」という区分です。専門職の学びの中では、公助は生活保護などの行政サービス、共助は医療・介護保険、自助は個人の予防や民間サービス、そして互助を住民同士の支え合いと定義します。一方、自治の世界では医療保険や介護保険のことを公助と呼び、互助は共助の中にある「自助・共助・公助」という三区分で語られることが一般的です。
 もちろん、地域包括ケアシステムという概念が後発であるため、今後は変わるかもしれません。しかし、この十年間、これが一般化していないという事実こそが、専門職と住民の間の距離を象徴しているように感じています。
 インフォーマルなサービスについても、これまで社会資源の発掘など多くの取組が行われてきました。しかし、住民の生活にとってメインであるはずのインフォーマルな活動が、地域生活を支える私たちにとって、まだまだ「蚊帳の外」にあるような気がしてなりません。
 住民たちの自発的な営みを、単なる「フォーマルの補完物」としてではなく、その土地の根幹として捉え直す必要があると感じています。

土地によって異なる仕組みが私たちの理解を阻む
 なぜ、私たちが仕事をしていく中で、地域への理解がなかなか深まっていかないのか。それは、地域を一つの括りで捉えようとしても、実際の「地域」は、その地区ごとに驚くほど多様な形をしているからです。私がそれを思い知らされたのが、地域の拠点である「公民館」のあり方の違いでした。
 例えば、福岡市、春日市、筑紫野市。隣接するこれらの市であっても、公民館の運営スタイルは三者三様です。行政の委嘱で自治会長以外に「館長」を置いて公民館の直接運営を支える仕組みもあれば、住民代表である「自治会長」が運営の全責任を負い、行政との実質的な窓口となっている地域もあります。さらに、建物そのものが行政の所有ではなく、住民たちが身銭を切って建て、自分たちで維持管理している「自治公民館」も少なくありません。
 このように、地域組織の有り様は行政区ごとに様々であり、一様として捉えることは出来ません。しかし、これらは単なる「制度の違い」ではなく、「その街の困りごとの相談先が誰なのか」という、私たちにとって極めて実務的な違いを意味しています。
 私たちにとって最も身近な例は「防災」でしょう。災害時にご利用者はどこの避難所に身を寄せるのか。その時、誰が避難所の鍵を開け、誰が虚弱な高齢者の安否を真っ先に把握しているのか。私たちはつい「行政」に答えを求めがちですが、実は行政には、戦前の反省からこうした自治の領域には立ち入らないという不介入の原則があります。
 つまり、本当にパイプを作っておくべき相手は、役所の窓口ではなく、その土地の「鍵」を握っている自治会をはじめとする地縁組織、そして生活の彩りを支える志縁の組織といった、地域そのものとの繋がりです。また、地域の仕組みを知らずに連携を語ることは、日常の「その人らしさ」を支えるヒントを見落とし、ひいては有事にご利用者を守るための「最短ルート」さえも手放してしまうことと同義だと、私は感じています。

植木鉢の「土台」に関わる地縁・志縁組織の重要性
 厚生労働省が提示する地域包括ケアシステムの「植木鉢モデル」という概念図を改めて見つめ直してみましょう。医療・看護、介護・リハビリテーションなどは、あくまでこの鉢から見える「植栽」の部分です。そして、その花や葉を支えている「土」に相当するのが「介護予防・生活支援」、さらに重要なのは、この鉢を支えている「受け皿(土台)」の部分です。そこには「すまい・すまい方」と「本人の選択と本人・家族の心構え」が配置されています。R8.4-1.png
         植木鉢モデル:住み慣れた地域で暮らしていくための在り方を示している


 この「すまい方」は、どのようにそこに住むのかという地域包括ケアの前提になる部分です。それを支えているのは、制度ではなく、地域の人々の営みそのものです。ご利用者の「自分らしくあり続けたい」という選択を実現するには、フォーマルなサービスだけでは当然足りません。そこには、自治会をはじめとする「地縁の組織」や、特定の目的や関心で繋がる「志縁の組織」を把握・理解していくことで、私たちのサービスは「その人らしさ」の実現により近づいていくのではないでしょうか。

地域活動は「学び直し」の場にもなる
 私は地域活動に自ら関わることで、その地域で住み暮らす支援が必要な方々をサポートする自治の仕組みについて知っていくわけですが、自ら関わることは、決して負担や奉仕だけではないと考えています。私自身は、これが専門職としての「学び直し(リスキリング)」に近いものだと感じています。
 なぜなら、地域には多様な世代がいて、医療・介護とは全く無関係な業界で活躍する方々が大勢います。そうした人たちと協働する中で、物事の進め方や人との関わり方を学び、時には自分たちの業界がいかに特殊なルールで動いているかを思い知らされることもあります。また、そこで得た知見を仕事に活かすこともあり、こうした繋がりは、結果として実務にも活きてきます。
 例えば、事業所の設備が壊れた際、地域活動で知り合った仲間に相談して直してもらったこともあります。また、地域ケア会議の場でも、単なる身体機能の話だけでなく、「あそこの道はもうすぐ拡幅される予定ですよ」といった、活動の中で得た情報を添えることで、より現実的な外出支援の助言ができるようになりました。その他にも、様々な職業の方と話をする中で、仕事の特性を知ることができ、リハビリに活かすことも出来ます。その地域の固有の「文脈」を知ることが、環境面についての深い助言に繋がっていくと感じています。

R8.4-2.jpg   働き世代の有志で企画した100mの流しそうめんイベントでは、市長にも駆けつけていただきました


R8.4-3.jpg 年齢も仕事も違う人と協働する機会は、社会人としても専門職としても自分を発揮する際の土壌になっている


あらためて地域を再定義する
 いかがでしょうか。改めて「地域連携」と聞いたとき、私たちはどこを向いて、どの範囲までを地域と考えているのでしょうか。
 本当に地域と連携し、ご利用者の「すまい方」を支えていくのであれば、是非、本当に草の根の部分で福祉や住民を支えている自治会や社会福祉協議会、地域の団体等とも一度顔の見える関係を意識してみることが大切かもしれません。
 専門職としての眼鏡を一度外し、一住民として街の掲示板を眺めてみる。まずは自分の住んでいる地区の成り立ちを調べてみるのも一つの方法です。また、一人の利用者さんについて、「この人は地域のどこと繋がっているのか」をケアマネや包括に聞いてみることから始めてみるのも良いでしょう。そうした小さなアクションを通して見えてくる景色は、私たちが書類の上で描いている「地域」とは、また違った手触りと温かさを持っているはずです。私もこれからも、地域の皆さんと共に活動を続けながら、このあやふやで、けれど確かな「地域」という場所を考え続けていきたいと思っています。


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