ドクター&ナースのつぶやき

令和7年9月号

認知症診療での心がけ 3多と3 K

コールメディカルクリニック 

  院長 大垣 拓郎   

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 全人口のうちで65歳以上の人口が占める割合(高齢化率)が7%を超えると高齢化社会、14%を超えると高齢社会、21%を超えると超高齢社会、と言われています。日本では、1970年に高齢化社会になると、1994年に高齢社会、2007年には超高齢社会となり、2040年頃には高齢化率が35%にまで達すると推察されています。まさに、世界一の長寿国です。

このような背景の中、在宅医療の現場で認知症の患者さん・ご家族と向き合い、その対応に苦悩しているケースが年々増えているのではないでしょうか。私が在宅医になって約5年が経過しようとしていますが、認知症診療こそが在宅医の腕の見せ所であり、認知症診療でこそ在宅医の真価が問われる、と思っています。それは、認知症診療では、一般的な医学知識だけでなく、総合的なコーディネーション(各所との調整能力)を問われることが多いからでしょう。

私が日頃、認知症診療で心がけていますのは、多様性に・多職種で・多面的に関わるという考えです(3多と命名しました)。

多様性:認知症には中核症状(記憶障害、見当識障害など)と周辺症状(徘徊、幻覚、妄想など)があり、同じ患者さんが1人として存在しません。多様性のある疾患であることを実感する日々です。まず、この多様性を認めることが認知症診療のスタートラインと考えています。

多職種:次に、医師や看護師が1人で抱え込まずに、ケアマネジャー・ヘルパー・リハビリセラピスト・民生委員など多職種の力を結集して、時には多職種から謙虚に教わりながら、認知症の患者さん・ご家族へ関わることも大切であり、1人で対応することの限界を素直に自覚することが次のステージと考えています。

多面的:そして、1つのアプローチがうまくいかなくても、次のアプローチを試してみるという心の余裕を持つことも大きなポイントであり、希望の灯を絶やさずに多面的に関わることも重要であると考えています。

 上記の3多に加えまして、簡潔に・結論を・紙に書くこと(それぞれの頭文字を取り、3 Kと命名しました)も日常の認知症診療で重視しています。平易な言葉で、ゆっくりと、同じトーンで、医療者が伝えたいことの結論を紙に書いて(できればワンフレーズが良い)、患者さんがよく通る場所・よく見る場所にペタペタ貼っておくことをおすすめしています。

 認知症には特効薬がなく、手術して治る病気でもありません。さらに、認知症による幻覚・妄想が悪化して夫が妻へ家庭内暴力をしてしまうケースや、特殊詐欺や悪徳業者に金銭をだまし取られて無一文になってしまうケースなど、命をすり減らすような壮絶な場面に遭遇することもあります。ご家族が虚しさや無力さを感じてしまうことがないように、ご家族が心身をメンテナンスする期間も必要です。精神科対応が可能な病院へのレスパイト入院、地域包括ケア病棟への入院、施設のショートステイを前向きに活用することが有効です。

 また、認知症の患者さんの不要不急の救急搬送を回避することができれば、医療費の抑制に貢献することができると思います。そのためには、在宅医療の現場で基本的な救急対応・緩和ケアを充実することが不可欠です。

 そして、患者さんの生きざま・信念・ルール・趣味・特技・好物・リビングウィルを尊重しながら、苦悩するご家族に寄り添い、医療者が一緒になって悩み考え、患者さん・ご家族の意思決定を最後の最後まで支え抜く姿勢こそ、在宅医療の究極的使命であると考えています。

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