ドクター&ナースのつぶやき
令和6年5月号
医師の働き方改革に思う
医療法人 新田医院 理事長 新田 智之
『がん終末期の患者さん、先生に繋げたかったけれど間に合わず家に帰れませんでした…残念です』。つい先日、信頼するケアマネジャーからの一言。在宅緩和ケアを行ってきたこの8年間で何度聞いたことか…。
かつて大学や総合病院で外科医師だった頃、外来診療に手術、抗がん剤治療、カンファレンス、インフォームド・コンセント、当直業務、緊急呼び出し、休日回診、研究、学会発表に論文作成…などの超多忙なスケジュールの毎日。時間外勤務は“自己研鑽”と称され残業代も出なければ代替の休日もなく、30代半ばまで休日は年間ゼロであった。その中で担当患者が不幸にして亡くなれば「出来ることは全てやってあげた、きっと本人も家族も満足しているだろう」と勝手に自己陶酔し反省した記憶はない。上司や同僚、部下までもが最後まで積極的に医療を施すことが最善だと信じてやまない時代であった。今にして思えば患者の思いや希望、生き様、信念、仕事、趣味、家族関係など深く考えたことはない、いや患者の入れ替わりが激しく常に前進が求められるため考える時間がなかったのだ。また在宅医療はどこか遠くの私とは関係ない医療…と興味がなく無知が故にその選択肢はなかった。そのため患者や家族に「諦めずに一緒に頑張りましょう」と励ますことしか出来なかったのだが、令和になった今でも残念ながら多くの医師がまだそうであろう。
医師キャリア26年、あるきっかけで途中より緩和ケア医に転身し現在は開業医として外来と訪問診療の両輪を歩んでいるが、勤務医時代の経験があるからこそ在宅療養に繋がらなかった多くのケースは“医師の多忙による心の余裕の無さ”が一因であると考え納得がいく。しかし在宅チームの皆は「なぜ病院の主治医やスタッフは在宅移行に動いてくれないのか…」と理解が出来ないためにもどかしい気持ちであろう。
さて、これまでの我が国の医療サービスは医療従事者の絶え間ない努力と医師の長時間労働により支えられてきたが、未来に向けより質の高い医療を持続可能とするために2024年4月から医師(勤務医)の働き方改革が始まった。医師の長時間労働が医療ミスを生み、医師自身の健康を損なう。医者の不養生…、脳や心疾患の労災認定基準にあたる月80時間以上の時間外労働を実に勤務医の40%が行っている現状である。過労死ラインの100時間を超えて働く若い医師も少なくない。小生は今でこそ時間外勤務は減ったものの軽微な対応には電話やSNSで常に求められる精神的拘束の日々である。ともに医師であった父と祖父が平均寿命よりも短命であったため「私も短命かもしれない」という不安がない訳ではない。よってこれから医師を目指す若者達のためにも是非進めてもらいたい改革だ。
厚労省は具体的にタスクシフト・シェア(医師でなくてもできる仕事を医療チームの中で行い各職種の専門性をより発揮する)、複数主治医制(院内で複数の主治医、地域でかかりつけ医をもつ)、国民に医師の勤務時間を意識してもらう(緊急性のない時間外受診は避ける、時間外や休日に病状説明を求めない)などを提唱している。一方でこれまでの当たり前だった医療が受けられなくなるかもしれないという不安な声も上がっているが、まあ今はそうなるであろう。
しかし在宅医療側からするとこの改革は病院から在宅に繋げるチャンスである。病院スタッフや患者と家族の“病院至上主義”が、今後かかりつけ医を持つことや在宅医療に意識が向くきっかけになるかもしれない。将来的に在宅チームの働き方改革の声も上がってくるかもしれないが(笑)…。
齢50を過ぎ否が応でも体力の低下を自覚させられ、これまで無頓着だった自身の健康に少しだけ気遣う様になった。これからも質の高い在宅医療を長く続けるために、支えてくれる自院スタッフや訪問看護師を始めとする多職種連携の仲間に感謝の気持ちが増している春である。