ドクター&ナースのつぶやき


令和6年4月号 

 在宅見取りについて思うところ

訪問看護ステーションMERISE 

酒井 須弥子 

 この度は在宅の看取りをテーマに『ドクター&ナースのつぶやき』の執筆の機会をいただき、ありがとうございます。当事業所は令和5年7月よりスタートしたばかりのステーションです。本当の意味でのつぶやきですが、お付き合いいただければ幸いです。

 私が在宅での看取りに初めて触れたのは中学生の頃、胃癌の末期だった祖父を家族で看取りました。毎日山や畑で仕事をしていた祖父は元気すぎる70代。病気とは無縁だと思っていたので、術後退院してきて食べられずに日に日に痩せていく祖父をみて、「点滴とかしないの?」「ずっと寝ているけどこのままでいいの?」「どう関わったらいいのかな?」と不安に思っていました。田舎だったこともあり、時々先生が診察に来るのみで訪問看護は受けておらず、相談できる人もいなかったので家族で工夫して介護する日々でした。初めてのことで、何をどう手伝ったらいいのかもわからず、インターネットも普及していない時代、図書館に行って介護の本を読んで調べて…。この経験から私は看護師になろう、訪問看護したいと思いました。

 今、看護師として在宅医療に関わるようになりましたが、在宅での看取りは何度経験してもこれでよかったのかな?といつも考えます。

 在宅での看取りを経験したことのある人は少なく、「家で最期まで」と言っても何をどうしたらいいのか、何ができるのか、私自身がそうだったようにわからないことだらけで不安だと思います。だからこそ、初回は不安なことやわからないこと、なんでも聞ける窓口として、聞きやすい雰囲気作りに心がけています。そして関わる中で、本人やご家族への声掛けの仕方やタイミング、提案や説明の内容、関わるスタッフ間の連携、環境の整備など、体調や気持ちの変化を見極めながら、いつ、何を、どう伝えるか。十分に伝えられたのかなと不安になったりしながら、1日1日重ねていくようにしています。

 また、一度在宅での看取りを経験したことがあるご家族でもその時の苦い記憶が残っている方もいらっしゃいます。

 数年前に父親を在宅で看取り、その際に後悔が残っていると話してくれた娘さんがいました。初めての看取りで、言われるままに処置を受け入れて、苦痛を与えてしまったのではないかと今でも後悔していると介入時に話してくださいました。必要な処置だとわかっていても、嫌がる姿を見るのは辛く、今でも記憶に残っていると。

 今回は母親の看取りで、介入した時にはすでに食べられなくなって2週間ほど経っており、点滴だけして自然な流れで看取りたいこと、本人に苦痛なことはできるだけしたくないと話してくださいました。短い期間でしたが、ご家族と話しながら、本人の表情の変化や反応を見ながら、訪問中はゆっくりと関われたことで、お看取りの際は「心配な時はすぐに駆けつけてくれて、色々と説明してくれて、安心して私達も今日まで過ごせました。苦しむこともなく、本人も良かったと思っていると思います。」と言っていただけました。

 ご利用者さんの人生の終着地点、そして家族にとってはその後の人生にも大きく左右される大切な時期に関われることはとても光栄なことだと思います。「終わりよければ〜」とありますが、家族へのちょっとした配慮や声掛けで、家族の心残りや後悔も大きく変わるので、日々の訪問の中で常にアンテナを張って、たくさんお話を聞いて、今後も関われたらと思います。

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